2008/06
09

そのひとを想像する要素【2】

『 〜のほうでよろしかったでしょうか 』

これを平気な顔で言ってのける人たち。 「 〜のほう 」 というフレーズ連発を耳にするだけでも眉間にシワが寄ってしまいますが、今、初めて伺うことでも躊躇なく 「 よろしかったでしょうか 」 と真顔で訊かれると、機嫌の悪いときには意地悪を言いたくなるときもあります。あれだけマスコミも取り上げしていたはずなのに、もう一過性の流行的ネタとして忘れ去られようとしているのか、はたまた何がおかしいのかすら気付かないままでいるのか・・・。

言葉の乱れ、といえばおこがましいと思いますが、意図した意思を的確に伝える場面においては非常に問題ありだと感じます。 「 そんなつもりはなかった 」 を生んでしまうこともあるでしょうし、この部分に敏感な人からはマイナスなイメージしか得られません。極端なことをいえば、こんな言葉遣いをする者とはマトモな話ができないと思われてしまうかもしれません。

『 ら 』 抜けの言葉遣いも目立ちますし、最近では報道紙面においても 『 〜のでは。 』 と、それに続く文をバッサリと省略するものが目に付きます。日常において唐突に喋りかけてくる ( ≠ 話しかけてくる ) 人も、主語がないのは許せるとして述語のない人までいます。つまりはわざわざ訊き返す必要があり、まず 『 何を言っているのか 』 を理解するところから始めないといけません。こうなってくると完全なるコミュニケーション不足とも取れるような気がしますが、本人は自身を疑うどころか相手の理解力を疑うしたたかさを持っているので気にならないようです。

社会に出ると言葉遣いの重要性というものは、身をもって勉強することとなります。丁寧語と敬語、謙譲語をキッチリ使い分けられない程度ならば可愛いものだと思えますが、たったそれだけでその人の評価が決まる場面だってあるのです。たかが言葉遣いですが、その人と成りをはかるのには充分すぎるものなのです。

よく考えると恐ろしいことですよね。自分でも気付かぬうちに人と成りをはかられる可能性のあることがあって、それはちょっとした差でしかなくて、その差は実際の内面の差を反映しているわけでは無いということです。逆の言い方をすれば内面が 『 根性ババ色 』 でも、表に出る言葉遣いさえちゃんとしていれば評価が上がる可能性があるのです。

解っていても、なかなか難しい勉強が必要になってくるんですがね・・・。

ちなみに念のために書いておきますが、食事中や買い物中、店員に対して何かを言うわけではありません。面倒くさいでしょ、そんなことを言ってくる人は。。。

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2008/06
08

止まない理不尽さ

 8日午後0時半ごろ、東京都千代田区外神田のJR秋葉原駅近くの路上で、トラックが人をはね、降りてきた男が刃物で次々と通行人らを刺した。警視庁万世橋署員が駆け付け、殺人未遂の現行犯で男を逮捕した。男女17人が負傷し、うち男性6人と女性1人の死亡が病院で確認された。
 逮捕されたのは、静岡県裾野市富沢、職業不詳加藤智大容疑者(25)で、警視庁庁捜査1課は同署に捜査本部を設置してサバイバルナイフなど刃物2本を押収。容疑を殺人などに切り替えて調べる。
 同容疑者は「人を殺すために秋葉原に来た。世の中が嫌になった。誰でもよかった」と供述。同日に静岡を出発したという。死亡した7人は19歳、20歳、29歳、33歳、47歳、74歳の男性と、21歳の女性。負傷者には警察官も含まれている。

この事件についての説明は不要でしょうが、大阪教育大付属池田小での事件からちょうど7年目の日に行われたことを報道する誌もありました。品川商店街やJR荒川沖駅での事件も記憶に新しい中、こうした無差別殺傷事件が止むどころか増加するのには言葉にしきれない憤りを感じます。無関係の人間を巻き込む犯罪は、理由はどうあれ極刑に処すべきだと思うのは私だけでしょうか。再発を防ぐ意味でも、後にどんな言い訳もできない状態をつくるべきです。精神を病んでいようが、絶対に許されることの無い状況を作らない限りは抑止効果がないと思います。

現時点で無差別殺傷の目的を示唆する供述をしているうえに、凶器の準備や実行場所の設定からもじゅうぶん計画性を伺えます。絶対に許されるべきではない凶行ですが、精神鑑定などで万が一減刑されるようなことがあれば昔から何も変わりない状況だといえます。世間の環境はいろいろと変化しています。個人の受けるストレスの度合いなどの話ではなく、人と人の間のコミュニケーションにおける変化です。そのあたりにも裁きが入ってもいい頃合に来ているのではないか、と少し思いました。仮に兆候があったとして、それを放置した罪としてです。

なかなか難しい判断となると思いますが、そうしたことをもっと意識できなければ今後もこういった事件が減らないと思えるのです。

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2008/06
07

携帯電話ひとつ

つい先日、いままで使ってきた P703iμ から P705iμ に機種変更をしました。これほどに薄いケータイを使っていると、もうあのデッカイやつには戻れません。なんとなく芸がないかな、とも思いましたが・・・充分に満足です。

どんな家電製品であっても説明書など読まない性質の私で、今回もそうでした。買った次の日にイヤホンマイクを使おうと思ったら 『 差し込み端子がない! 』 ことに気付き、早々にまた機種変更をしないといけないのかと気落ちしました。表面に貼ってあるビニールなどはすぐさまに剥がしてしまったし、なにより通電してしまえば中古だから返品できないよな・・・なんて考えながらドコモショップへ。

結果からいえば充電コネクタに差し込んで使うアダプタが付属していて、それを使用すればイヤホンマイクも使えるのですが、言われて 『 そういえば昨日の受付担当の人も言ってたような 』 程度の記憶が残っていました。なぜこんな肝心なことを中途半端に聞いていたのかというと、いろいろと雑談に話が弾んでいた点にあります。

そもそも機種変更するために行ったわけではなく、薄型ゆえにケースに亀裂が入り、調子が悪くなっていました。その修理の相談に行ったのですが、いろいろと話をしているうちに面倒くさくなってしまい、やっぱり新しいやつにしようとなりました。そのへんから話がお互い枝葉に触れ、意味も無くいろいろと盛り上がってしまっていました。結局一時間以上店に居たのですが、まるで旧来の友人と居酒屋にでも来たような内容だったので、いま思うと憶えていない私も悪いけれど、説明を中途半端にしかしなかった彼女も悪いと思います。

でも

結局ろくに説明書も読まず、もらった紙袋の中身も確認しなかった私が悪いんですよね。

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2008/06
07

ブログ更新をサボるということ

気がつけば、約一ヶ月も放置していました。

特に理由があったわけではありませんが、なんとなく更新する気が起きなかったのが正直なところです。 『 コンスタントに更新しないといけない 』 なんて観念に縛られるのもいやだったので、幾度か記事を書こうとしてやめたこともありました。全てにおいて、意味はありません。単に気まぐれ、それが私のスタンスだと再認識する期間でもありました。

惰性は必要かもしれませんが、少しでも負担になるようでは 『 よくない 』 と思うようになってきました。自分自身が納得のいかない、途中で我に返ってしまう状況はあまりつくりたくありません。プライベートの時間をいかに使うかは、当たり前ですが自分の決めることです。このブログのようなものでは、動機が重要なんじゃないかと思います。

書きたいことがある、気持ちに整理をつけたい、頻繁に覗いてくださる方がいる・・・理由としては様々ですが、私がここに発表したいと思うことがまず在りき、であって 『 なにを書こうか 』 では決してないのです。案の定、そのようなスタンスで書いた記事は途中で詰まってしまい、最後まで書ききることができません。結果として何が書きたいのかハッキリせず、だったら書かないほうがマシ、と判断するに至ります。

日常の中でも、他愛ない会話の弾む空間とは別に ” 心地よい沈黙 ” というものが存在します。会話が途切れないように、と喋り続ける人がいますが、私はそのタイプの人が苦手です。その場だけを取り繕う焦りを感じてしまい、なんだか落ち着かなくなってしまいます。気を遣うのはともかく、遣われるのは当然ながらこちらも気を遣ってしまいます。

放っておく 『 間とタイミング 』 を察知する能力に長けた人は存在します。

日々の様々な出来事、仕事も遊びも淡々とこなしてしまう自分に気付いたとき、そのような存在が傍に居ればどれだけ心地よいことでしょうか。


あれ?

いや、ブログをサボってそんなことも思いましたよ、と。

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2008/05
19

そのひとを想像する要素

仕事で移動したりするときには、ときに軽四を使うことがあります。
コンパクトカーのときが多いのですが、軽四に乗るたびに思うことがあります。

高速を走っていて、軽四は煽られます。
たとえ前が詰まっていても、なぜか煽られます。
また割り込みは、入れてもらえません。
問題ないところへ入ろうとしても、間を詰められてしまいます。
進路を譲ってもらうことも殆どありません。
運送業のひとは比較的親切ですが、それ以外はたいてい無視されます。

本当に不思議ですが、自家用車でこれらのことをされることはありません。
運転の仕方も変化ありませんが、明らかに車で判断されています。

別に構いませんが、ちょっと嫌ですね。
軽四だからといって、格下な訳はないのですが・・・。

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